2016/02/17

Reference: Geisela M. A. Richter “KOUROI” Oxford University press, New York, 1942



Geisela M. A. Richter “KOUROI A STUDY OF THE DEVELOPMENT OF THE GREEK KOUROS FROM THE LATE SEVENTH TO THE EARLY FIFTH CENTURY B.C.” Oxford University press, New York, 1942

イギリスの古代美術史家Geisela M. A. Richter(1882-1972)による“KOUROI A STUDY OF THE DEVELOPMENT OF THE GREEK KOUROS FROM THE LATE SEVENTH TO THE EARLY FIFTH CENTURY B.C.”。ギリシア美術におけるクーロイ(男性裸体立像、複数形:クーロス)像を網羅した研究書である。
 第1図版が、ウードンのエコルシェ(1790年製作)になっており、人体の構造とクーロイ像の比較が行えるようになっている。
 クーロイ像の形態は時代を追うごとに、より自然な人体の形態へ近づいた。しかしながら末期の「クリティオスの青年像」に至っても完全には写実的でなく、様式的な形態の面影を残している。
 ウードンのエコルシェは美術解剖学用の模型としてヨーロッパのアカデミーで使用された。その後時代を経て美術史の比較材料としても用いられるようになった。今日の日本の美術解剖学研究は、美術史や芸術学的な側面を含むが、そうした見方はヨーロッパでも行われていたようである。
(筆者蔵)

2016/02/15

Reference: Paul Poirier “Traité d’anatomie humaine tome 2 deuxiéme” (1896)





Paul Poirier “Traité d’anatomie humaine tome 2 deuxiéme” Masson et Cie, Paris, 1896

フランスの解剖学者ポワリエ(Paul Poirier)による“Traité d’anatomie humaine tome 2 deuxiéme”。第2巻の内容は筋学になっており、図版のほとんどを美術解剖学者のポール・リシェ(Paul Richer)が手がけた。
 リシェのサインはイニシャルの『P』と『R』を重ねたもので、図版の下部に添えられているもので判別ができる。サイン入り図版の多くは “ANATOMIE ARTISTIQUE”(1890)からの再掲載であるが、筋を切断・展開した図や単一の筋を示した図のいくつかは本書が初出である。三角筋の図などの図は後年の “NOUVELLE ANATOMIE ARTISTIQUE”(1906)に再掲載された。
 19世紀後半の美術解剖学の教師は、美術解剖学書に掲載された情報よりも詳細な知識を持っており、医学の解剖学書にも通用する詳細な情報を描いていた。そのことに驚きと喜びを覚える。
(初版、筆者蔵)

2016/02/10

Reference: Paul Poirier “Traite de anatomie humaine Tome 1 premier Embryologie Osteology” L. Battaile et Cie, Paris, 1892




Paul Poirier “Traite de anatomie humaine Tome 1 premier Embryologie Osteology”  L. Battaile et Cie, Paris, 1892

フランスの解剖学者ポール・ポワリエ(Paul Poirier)による“Traite de anatomie humanie”の第1巻。内容は、発生学、骨学、靭帯学で、そのうち骨学の図版の大半はエコール・デ・ボザールの美術解剖学教授マティアス・デュヴァル(Mathias Duval, 1844-1907)のアシスタントを務めたエドゥアルド・キュイエ(Édouard Cuyer, 1852-1909)が手がけている。キュイエの図は傍に「Ed. Cuyer」とサインが入っているので判別しやすい。
 本書は医学書であるため、デュヴァルとの共著である『美術解剖学』よりもキュイエの手がけた図版は多い。とくに骨における筋のフットプリント(付着部位)を表した図は、腱性の付着と、筋性の付着が書き分けられており、現在のものよりも詳細である。この詳細な情報量には頭がさがる。
 美術解剖学領域の人物が医学領域の図版を手がけている点で、20世紀初頭における両学問の距離は現在よりも近かったと考えられる。第2巻にはデュヴァルの後任であるポール・リシェが関わった。
(初版、筆者蔵)